デザインの嘘

石黒 敬三

プロダクトデザイナー。現場のためのプロダクト開発を長年続け、教育テレビ番組の監修なども務める。代表作に「Hands-On History」「Build Your Future」など。デザインオフィス「Odd Deisgn」代表。

デザインの迷信への挑戦

デザインとは何でしょうか。多くの人がこの質問に答える際、美的な表現、機能性、あるいはそれらの組み合わせといった答えを思い浮かべるでしょう。それらは一部の真実をつかんではいますが、全体像を見落としてしまう恐れがあります。これは、デザインという分野があまりにも多面的で、時に矛盾した性質を持っているからです。今回は、一般的に広まっているデザインに関する誤解、あるいは私が言うところの「デザインの嘘」について考察したいと思います。

デザインについての誤解は、しばしばその表面的な要素に注目することから生じます。たとえば、見た目が美しいものは良いデザインとされ、機能性を追求することがデザインの目的だと認識されることがあります。しかし、これらの見方はデザインの可能性を制約し、その真の価値を見逃すことにつながります。

では、何が「デザインの嘘」なのでしょうか。それは一体どのように私たちのデザインに対する理解を誤らせるのでしょうか。それを解き明かすため、3つの「嘘」について考察してみましょう。

嘘1「形は機能に従う」

“形は機能に従う”というフレーズは、多くのデザインスクールや業界で一般的に受け入れられています。この原則は、製品やサービスが持つ機能を最大限に引き立て、利用者の使いやすさを追求するという重要な考え方を表しています。しかし、この考え方だけを追求すると、デザインのもう一つの重要な側面、すなわち「体験」を無視する危険性があります。

デザインは、単に物事を機能的にするだけでなく、人々がその製品やサービスを通じてどのように感じ、どのような体験をするかという点にも深く関わっています。そのため、「形は機能に従う」という原則が全てを語るわけではありません。形と機能は一体であり、相互に影響を与えるものですが、同時にユーザーの心理や感情に対する理解なしには、真に価値のあるデザインは生まれません。

例えば、ある電子機器が非常に機能的であるとしても、それが使いにくいインターフェースを持っていた場合、ユーザーはその製品を好ましく思わないかもしれません。逆に、機能性がやや劣るものであっても、使い心地が良ければ、それは素晴らしいデザインとされるでしょう。つまり、形と機能のバランスを保つこと、そして何よりユーザーの体験を最優先することが必要です。

そして、これは教育用のデザインにおいても同様です。形と機能だけではなく、学びの体験そのものを設計することで、真に価値のある教育デザインが生まれます。この点を念頭に置かなければ、「形は機能に従う」という嘘に捉われてしまうでしょう。

しかし、デザインの誤解はこれだけではありません。次に、デザインと美学の関係について見ていきましょう。

嘘2「デザインは美学」

美学とデザインは密接に関連しています。見た目が美しい製品やインターフェースは、私たちが自然と惹きつけられるものです。しかし、デザインが美的な表現の手段としてだけ見られることは危険です。美しさは一部分であり、デザインの全体像を表すものではありません。

私たちがデザインを語るとき、しばしば見た目やスタイルに焦点が当てられます。それは確かに大切な要素ですが、デザインの本質はそれだけではありません。美しさだけでなく、製品やサービスが提供する価値、使いやすさ、耐久性、持続可能性など、様々な要素がデザインを形作ります。

美学がデザインの全てだとすると、デザインは単なる装飾に過ぎないという誤解を生む可能性があります。しかし、私たちデザイナーは、単に美しいものを作る職人ではありません。我々は問題解決者であり、価値創造者でもあるのです。我々の役割は、ユーザーが必要とする機能を満たすだけでなく、それを美しい形で提供し、ユーザー体験を高めることです。

美しさは重要ですが、それだけが全てではありません。デザインの真の目的は、ユーザーの生活を改善し、より良い体験を提供することです。美しさはその一部であり、手段の一つであると理解することが重要です。

さて、これまで「形は機能に従う」「デザインは美学」について見てきましたが、デザインにまつわる誤解はまだあります。次に、デザイナーの役割について見ていきましょう。

嘘3「デザイナーは魔術師」

デザイナーという職業は、時として神秘的なオーラに包まれ、何か新しいものを「生み出す」魔術師のように描かれます。そのため、多くの人々はデザインを直感や閃きだけで成り立つプロセスと誤解してしまいます。しかし、現実はそうではありません。

デザインは、直感や閃きだけでなく、緻密なリサーチ、論理的な思考、そして試行錯誤のプロセスを必要とします。それは深いユーザー理解と洞察に基づいており、創造的な問題解決のための綿密な計画が必要となります。そのため、デザインは創造性と分析性を結びつける科学的なプロセスとも言えるでしょう。

デザイナーは魔術師ではありません。私たちは分析者であり、リサーチャーであり、そして何よりユーザーの代弁者であるべきです。私たちの役割は、ユーザーのニーズを理解し、それに対応する最良の解決策を見つけ、それを実現する形で具現化することです。

この誤解は、デザインが単なる装飾やスタイルであり、デザイナーがそれを魔術のように生み出すという考え方につながります。しかし、デザインは深く、複雑なプロセスであり、それを理解し、その全体像を見ることで初めて、真の価値を生み出すことが可能となります。

それでは、これらの「嘘」が明らかになったところで、最後にデザインの真実について考察してみましょう。

デザインの真実

デザインの嘘を解き明かすと、デザインの真実が見えてきます。デザインは形と機能、美学、そして人間の体験といった要素から成る複雑なエコシステムです。それは単なる表面的な要素ではなく、深く、本質的な価値を提供するための手段です。

デザインは人間の体験を最優先します。それは見た目が美しいものを作るだけでなく、ユーザーが製品やサービスを使用する際の体験を考慮し、それに基づいて形と機能を設計するというプロセスです。そして、デザイナーはそれを可能にするための道具を持った職人ではなく、ユーザーの代弁者、問題解決者であるべきです。

デザインは常に人間中心であり、その目的はユーザーの生活を改善することです。そのために、私たちは単に美しいものを作るだけでなく、機能的で使いやすいものを作り、ユーザーにとって価値ある体験を提供することを追求します。それがデザインの真実、そして私たちデザイナーの使命です。

だからこそ、私たちは「デザインの嘘」を見抜き、それに挑戦することが求められます。それはデザインの全体像を理解し、その可能性を最大限に引き出すための重要なステップです。そして、それは私たちがデザインという分野を革新し、それを通じて社会を改善するための起点となるのです。

このことを理解することで、デザインの持つ真の価値と可能性を見つめ直す機会を得るでしょう。そして、私たちはそれぞれのデザイン活動において、これらの「嘘」を乗り越え、真のデザインを追求する勇気と決断を持つべきです。それこそが、私たちがデザイナーとして選ばれた道、そしてその使命なのです。

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