「孤独」という都市機能:石川 風太郎

石川 風太郎:大手建設会社で長年現場に携わり、退職後は都市計画と環境デザインのコンサルティングで起業。その豊富な経験と知識を活かし、コラムニストとしても活躍。


あなたは一日の終わりに自宅のドアを開けた瞬間、自分だけの時間を手に入れた感覚を得ているだろうか? その小さな感覚も紛れもなく「孤独」であり、都市生活者にとって、都市が持つ重要な機能とも言えるのだ。

都市というのは、その存在自体が一種の奇跡である。集積された文化、経済、人々、そしてそれぞれが生き生きと動く姿は、我々が思慮深く観察すればすぐに理解できる。しかし、その一方で都市は「孤独」を生む場所でもある。人々が集まる場所でありながら、個々人が自己を確立し、孤独を感じる空間を持つのだ。

これは決してネガティブな事象ではない。まるでゴルフコースでボールを打つ時のように、一瞬の孤独が集中力を高め、自己の存在を確認する。これが都市の中で「孤独」という概念が果たす役割なのだ。都市の機能の一部として「孤独」をどう理解し、設計に取り入れるかが問われるべきだと私は考える。

たとえば、新宿の繁華街を歩いているとき、周囲の数千人の人々の中で孤立していると感じることはないだろうか? それは、都市の中に存在する「孤独」の象徴とも言える。しかし、それと同時に、自分だけの時間と空間を享受できる、自己確認の場ともなるのだ。

都市生活者は、無意識的にプライベートな空間を求める。これは我々が住居を設計する際に必要となる考え方で、角度で、壁で、覆いで、プライバシーを確保し、孤独を享受できる空間を作り出すことが求められる。こうした「孤独」を機能の一部として捉える視点は、都市計画全体にも適用できる。

都市の中で「孤独」という概念をどう取り扱うか、それをどう都市設計に反映させるか、これは都市計画者や建築家たちが考えなければならない課題であり、深遠なテーマと言える。我々は、都市空間が持つ「孤独」を、ただの現象や社会問題として捉えるのではなく、都市生活の重要な構成要素、あるいは都市機能の一部として捉えるべきなのである。それが都市空間をより人間的に、より居心地の良いものにするための鍵となるのだから。

先ず第一に、我々が考えるべきは「空間」だ。都市とは基本的に空間の集合体であり、その空間がどのように設計されるかが、都市生活の質を大きく左右する。特定の空間が自分一人のためだけに存在する時間が、あらかじめ設計されていることを想像してみてほしい。行き交う人々と密接な距離にいながら、隔絶された。そこに過ごす時間、それは孤独と言う名の機能を享受しているのだ。

そう、都市設計における「孤独」の反映とは、個々人が自己を確認し、自らと都市を客観的に味わう空間を作り出すことである。これは公共に生まれた息継ぎの場であり、都市という群れの極致に人間を取り戻す。だからこそ都市はそれを提供すべきなのだ。

公共の空間における「孤独」の具体的な例を挙げてみよう。公園や広場はわかりやすいだろう。人々が集まる場所でありながら、孤独を感じることができる場所でもある。ベンチに座ってひとり本を読む時間、散歩道をひとりで歩く時間、それらは都市生活者にとって貴重な「孤独の時間」を提供する。それは、一見するとただのベンチや道路に過ぎないかもしれないが、都市設計の視点から見れば、それらは「孤独」を可能にする重要な要素なのだ。

もちろん、単にベンチを設置しても、それは孤独の機能性を十分に持てない。位置と角度、そして何より、見えるけれど見えないことが重要だ。大勢の注目を集めず、しかし都市の都市らしい姿を眺めることができる、そうしたあり方こそが、公共のベンチに孤独という機能をもたらす。

街路も重要な要素だ。人々が一人で歩くのに適した静かな路地が、人通りの多い場所にそっとつながる。そうした道に入り込んだ瞬間、それまでの喧騒と切り離され、人は孤独に浸ることができる。

都市設計の中で「孤独」を形にするためには、心理を理解し、それを空間設計に反映させる必要がある。都市生活者が求めている「孤独」の形は何か、それをどのように実現するか、これらを考え抜くことが必要なのだ。

孤独という都市機能は、都市設計に個性をもたらし、活発でありながら息苦しくない、新しい都市を実現するだろう。

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